昨夜は、先輩と六本木で飲んできました。
尊敬する先輩とサシ飲み!
贅沢な、そしてあまりに楽しい時間でした。
「うまくいかないときは、
自分が能力がないとか、ダメだという方向に考えてはいけない。
うまくいかないときは、
周りの人に助けてもらえない、そういう状態になってしまったという意味で
自分を反省するべきだ」
成功も、そして失敗も、
すべてが自分の能力の結果だなんて思うな。
そう、私はそれが身にしみてわかっているはずだったんですが、
こうして改めて聞くとそうだなぁと。
修論も、大学院も、大学も、そして私の人生はずっと、
そうやって生きてきた、
そしてこれからも、そうやって生きていくのだと、
「そうであるうえでは、社会人も学生も関係ない」
今という時期に先輩とお酒が飲めて本当に幸せでした。
ありがとうございました。
2009年2月4日水曜日
2009年2月2日月曜日
格差自体が問題なんじゃなく
「格差程度で個人が押しつぶされるような
薄っぺらい社会が問題なんだ」
昨日のシンポジウム
(http://www.katariba.net/otokata/special/ )
で、私の中にもっとも強く残った言葉でした。
BY 宮台真司さん
そうなんだと思う。
で、格差を「問題」として語るとき、なんというか、
私はその「格差」によって苦しめられている人の気持ちが
本当はわからない、
と思っていて、それに引け目みたいなものを感じていた。
そしたら偶然?にも今読んでいる本がその感情をしっかりと
解説してくださり、
今朝は、答えは見えないけれど
(昨日の話にもありましたがそんなに簡単に答えが出たらもう既に解決しているだろう)
それは
「被迫害者は当該社会における『神の視点』を先取しうる」
という「前提」がどこかにあって、
それに私も染まっているという自覚を持てた。
いや、前進はできてないかもしれないけれど、
自分の周りの風景を冷静に見ることができただけでも
すごく得るものが大きかったです。
ちなみに今読んでいる本は
内田樹さんの「こんな日本でよかったね」です。。
薄っぺらい社会が問題なんだ」
昨日のシンポジウム
(http://
で、私の中にもっとも強く残った言葉でした。
BY 宮台真司さん
そうなんだと思う。
で、格差を「問題」として語るとき、なんというか、
私はその「格差」によって苦しめられている人の気持ちが
本当はわからない、
と思っていて、それに引け目みたいなものを感じていた。
そしたら偶然?にも今読んでいる本がその感情をしっかりと
解説してくださり、
今朝は、答えは見えないけれど
(昨日の話にもありましたがそんなに簡単に答えが出たらもう既に解決しているだろう)
それは
「被迫害者は当該社会における『神の視点』を先取しうる」
という「前提」がどこかにあって、
それに私も染まっているという自覚を持てた。
いや、前進はできてないかもしれないけれど、
自分の周りの風景を冷静に見ることができただけでも
すごく得るものが大きかったです。
ちなみに今読んでいる本は
内田樹さんの「こんな日本でよかったね」です。。
2009年2月1日日曜日
すごく幸せなこと
昨日、
農学部時代からの友達が6人もうちに来てくれて
おいしい鍋とワインを囲みながら
あーなんか幸せだなぁと
思いました
農学部で、みんなに出会った頃に
みんなで、大学院を卒業する頃に
自分がこういう家(人を呼べるサイズの家)に住んで、
こうして友達が来てくれて
一緒に鍋を囲んでいる、ということを
思えばすごく幸せな未来として
描いていたような気がする
そこに自分がいることがすごく嬉しくて
大学院、死んでしまいたくなるようなことが山ほどあったし
こんなに基本的なものを肯定できない時間は久しぶりだったけれど
ここに来てすべてを清算できるような気分になれるなら
まだまだ全然大丈夫
…
この清算のスパンの大きいのは多分人生で
こんな幸せな清算を、人生の最後にできたらどんなに
安らかだろうと思う
そう思うと、死期をどうすごすかってすごく大事だなぁ
いや、当たり前のことなんですが
こういう実感があるとなんかしみじみそう感じるなぁと。
農学部時代からの友達が6人もうちに来てくれて
おいしい鍋とワインを囲みながら
あーなんか幸せだなぁと
思いました
農学部で、みんなに出会った頃に
みんなで、大学院を卒業する頃に
自分がこういう家(人を呼べるサイズの家)に住んで、
こうして友達が来てくれて
一緒に鍋を囲んでいる、ということを
思えばすごく幸せな未来として
描いていたような気がする
そこに自分がいることがすごく嬉しくて
大学院、死んでしまいたくなるようなことが山ほどあったし
こんなに基本的なものを肯定できない時間は久しぶりだったけれど
ここに来てすべてを清算できるような気分になれるなら
まだまだ全然大丈夫
…
この清算のスパンの大きいのは多分人生で
こんな幸せな清算を、人生の最後にできたらどんなに
安らかだろうと思う
そう思うと、死期をどうすごすかってすごく大事だなぁ
いや、当たり前のことなんですが
こういう実感があるとなんかしみじみそう感じるなぁと。
登録:
投稿 (Atom)
