2011年4月2日土曜日
償いたい
償いを適切に進めることはそれほど簡単なことではない。この世界に、全く等価なものが存在することのほうが、少ないからだ。 私が大切にしていたグラスと、そのまま等価のものは存在しない。思い出や、時間や、そういうものは、ものがなくなっても日々換わっていき、何かで置き換わることは無い。 ましてや、形の無いもの、形はあってもそれが日々変わっていくもの、それ自体が価値を生んでいくもの、そういうものに対して償う方法など存在しない。 しかし、償いたいという気持ちが、その方法が存在しないからといって、消えてなくなることは少ない。私たちは、等価なものは存在しない、その方法は存在しないのだという前提で、それでも償うために何をすればいいかと、必死で考え、実行に移そうとする。 最初は、「その前提」を受け入れるため、絶望や嫌悪感と戦わなければいけない。そして「その前提」を受け入れたとしても、必死で考えた「何か」を実行に移しながら、一生、償い続けなければいけない。 …それは最初はとても辛いことだけれど…それは、ゴールの無い、その上誰も一緒に走っていないレースを走り続けることに似ているから…、時が経つと、それすらも自分の人生の一部になっていく。 …もしかしたら、それ自体が人生なのかもしれない。絶望や、嫌悪感や、ゴールの無いレースや、終わらない償いや、それ自体が、人生なのかもしれない。
光を求めて
3月11日から、多くのことが変わった。 3週間以上が経って、今この世界で呼吸をすることに慣れてきた自分が居る。あの地震の前の世界がなんだか蛍光灯に照らされたハリボテみたい、とすら思えてくる。 それまで私は、私たちは、恐怖や死から遠い世界に住んでいたと思う。テレビで映し出されているものだけ見ていても、凄まじい光景がそこにはあり、自然の力に対する恐怖や、死の気配が日々私の身体に染み込んでいく。 …タイから帰ってきてもう1ヶ月が経った。 …夢のような場所だった。夢の場所で、私はほとんどの時間、空想にふけりながらぼうっとしていた。そして日が落ちたら眠り、日が昇る少し前に起きた。 そんなふうにほとんどの時間が過ぎ、あの場所を去る日の朝に、その人に会った。その人は、自分の手すら見えないような暗闇で2週間を過ごした後だ、これからここを去るのだ言った。 皆、光を求めて生きている。それを意識するか否かに限らず、皆、光を求めて生きている。そして、その光を見るための方法は、人それぞれだ。 私は、光を見るためには、光のある場所に歩いていくものだと思っていた。光が見えなくなったとき、それは自分が光の無い場所に来てしまったか、自分が意識しないままに、レンズが真っ黒のサングラスをかけてしまったか、そのどちらかだと思っていた。 私は、なぜ選んでその暗闇に入るのか、不思議で仕方がなかった。夢のような場所に来て、なぜその夢を見ることすら出来ない闇に入っていくのかと。その人は「光を見るためだ」と言った。「暗い空のほうが、星が良く見えるでしょう。それと同じですよ。」少し驚いたけれど、この言葉が懐かしく感じた。これ聴くのは、初めてじゃない。 自分が昔、小さな頃に、暗闇の中で沢山の光を見たことを思い出した。暗闇の中で、その光を見たときの喜びを思い出して、帰りの飛行機の中で涙が止まらなくなってしまった。 …不謹慎、と言う人もいるかもしれないけれど…。世界が暗くなったのは、私たちが光を見るためだったのかもしれない。 「蛍光灯で照らされたハリボテみたいな世界」は、一見光で満たされているけれど、それは私たちが求めていた光じゃなかったんだと思う。 光を求めるため、光を見るために、自然への恐怖や、死の気配や、不安や孤独が、私たちにとって、必要なのかもしれない。
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