2012年12月19日水曜日

マイノリティ

自分がマイノリティであることを、目に見える形で突きつけられる。
私の思っていた「みんな」が、いかに「みんな」ではないか。

以前、新しいネットサービスを始めた方とお話したとき、こんなことを仰っていた。

「FacebookやTwitterから得る情報の割合が高くなると、
その内容の幅みたいなものはどんどん狭くなっていく…
繋がっている、同じ志向の人の考えや行動のみが目に入ってくるようになる…。

それは時には新たな連帯をうんだり…
それに限らず私たちに計り知れない恩恵を与えてくれてきたけれども、

一方で、私たちはそれによって物理的な全体観、身体的な感覚みたいなものを失い得る。」

…その時は、何となく理解した気になっていたけれど、
それはそんな気がしていただけだったのだと。

…私は、このバーチャルな、ここちの良い世界から、
もっと外に出る必要があるのかも、しれない。

きっとそれはどちらか…出るか出ないか…の選択ではなくて、
今ならその両方を生きることができるんじゃないだろうか。