2013年7月8日月曜日

牡蠣フライについて語る。故に我あり。

村上春樹さんが牡蠣フライについて語った文章を読み、号泣する。

それは間違いなく牡蠣フライについて書かれた文章なのだけれど、
そこには普遍的で感動的な何か、について書かれている。

…僕は今幸福であると感じる。
僕は牡蠣フライを食べることを求め、
こうして八個の牡蠣フライを口にすることができたのだから。

そしてその合間にビールを飲むことだってできるのだ。

そんなものは限定された幸福にすぎないじゃないか、とあなたは言うかもしれない。
しかし僕がこの前限定されていない幸福に出会ったのはいつだっただろう?
そしてそれは本当に限定されていなかっただろうか?


…私は今幸福であると感じる。
私はあの時に生き続けることを求め、
こうして(一応、ある程度自立した人間として)生きることができるのだから。


…前の投稿と完全に同じ構成ですね。
こうして人間は衰えていくのかしら。

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