2015年9月16日水曜日

人生と目標

自分がなぜ生かされたのか知りたい
…知りたいと思いながら、私がそれは達成されないことを知っている
だって自分が生かされた理由なんて、本当は無いから

私は、多くの人が、
いずれ死ぬと分かりながらそれでも前を向いて生きることが出来る理由が分からなくて
どちらかというと、(生き生きと生きているように見える人よりも)
自殺する人の気持ちのほうが自分の近くに感じていた
(もちろん、実際に死を選ぶ人の気持ちはそんなに生易しいものではないと思いますが)
死にたいのではなく、生きていたくないのです、といったのは誰だったか
別にいずれ生きるのをやめる日が来るならば、それは今日でも、明日でもいいじゃん

でも私は、死のうという決断が出来ないからという理由で、今ここに生きている
生きるならば、死なないのならば、
具体的に生きていいんだということを少しずつ証明していくしかない

そして私は自分にいくつかの目標を設けることにした

一つは、物理的に身体を社会に捧げること
時間と身体が許す限り献血をする
骨髄バンクも登録する
臓器も全て捧げる準備をする
そのために、自分の身体は移植できる程度に保つ

二つは、子どもを産むこと
そういう意味で自分が子どもを産める身体なんだと気づいたことは人生の大きな変化だった。
不完全な私の血が半分で申し訳ないけれど、それでも命を生み出せるならば。

三つは、誰かが健康に生きることに貢献する
一人でも。二人でも。
それが一日でも。一時間でも。